幕末の動乱期に、京都の三つの旅館が舞台となっています。地元人として、この辺をすっきりしたく書いてみました。
→坂本龍馬が襲われ、絶命した旅館は「池田屋?」、「近江屋?」、「寺田屋?」
年代順に
①池田屋事件(1864年7月):京都・河原町三条通りを東へ(現在は居酒屋さんになっています)
→新撰組が尊王攘夷派の、長州、土佐藩の浪士を襲撃しました。
②寺田屋事件(1866年3月):京都・伏見に今も当時の旅館が観光名所として保存されています。
→坂本龍馬が伏見奉行に襲撃されましたが、お龍さん(後の龍馬の妻)の知らせで一命を取り留めました。
この時、左右の手首に刀傷を負って、龍馬の現存する写真は懐に手を入れているポーズとなっています。
最後に、③近江屋事件(1867年12月10日):河原町通り蛸薬師を下がったコンビニ店辺りに碑があります。当時の河原町通りは、幅4メートルあまり。旅館はもっとセリだした所に建っていたようです。
→龍馬と先輩同志の中岡慎太郎が襲われ、両名が絶命した処です。北辰一刀流の使い手であり、S&Wピストルをもっていましたが、死客の急襲でなすすべがなかったようです。
写真は当時、近江屋旅館のあった所です。
RICOH CX3